こたつとコード

エンジニアの読書手帖

忘れるために書く

仕事をしている中でも、本を読んでいる中でも、新しいことを知るより早いスピードでわからないことが現れる。 そうすると「あれもこれも勉強しよう」と、好奇心半分不安感半分でたくさんのものに手をだすことになる。

私は Web エンジニアとして働いているのだが、開発を進めていく中でもフロントエンド・バックエンドなど様々な領域でわからないことが増えるため、理解を深めるために記事や本を読んだりハンズオンを試すことに追われる。これは人文系の読書でも同じで、哲学・社会学など、様々な領域でわからないことができるので新しい本を手に取る。

残念ながら、そういった状態で私はよくパンクし、本は買っても机の上に積まれる。知識を一時的に保存しておくバッファプールみたいなものにも限りがあるし、並列で処理できるスレッド数にも限りがあるため、新しいものを始め過ぎた結果むしろ集中できない状態になり何も身に付かなかったという感覚が残る。

じゃあやることを制限すればいい、という話にもなりそうだが、それも少し違うと思う。制限することが先行しすぎると、技術的な進歩や重要な発見に目を瞑って自分が最初に抱いていた仮説をアップデートしないままひたすら突き進むことになるからだ。


そんなことをもやもやと考える中で、次のような言葉をみた。

書いた理由の一つは文章に残しておくことで、このテーマに一区切りをつけて次に進めるからだ。頭の中にあることを文章として身体の外に出すことで、新しいことを考えられるようになる。きっと心にも「容量」みたいなものがあるのだろう。


「成功は運か努力か才能か?についての考察」佐藤航陽 *1

まさにこれだと思った。私は始め方が下手なのではなく、区切りの付け方が下手なのだ、と。

自由エネルギー原理における「洞察」

似た話で、イギリスの神経学者カール・フリストンが提唱した自由エネルギー原理という理論がある。自由エネルギー原理とは、すべての生物は脳の予測と実際の感覚のズレ(予測誤差)を最小化しようとする、という主張で、この原理の中で「洞察」という機能について説明している。

予測誤差を最小化する正確なモデルであればあるほど複雑なモデルになる。ただし、脳のリソースには限界があるのでより単純で正確なモデルをバランスよく見つけていくことが必要になる。そして、そのような予測モデルを生成するため、脳は何か情報を受け取る度に世界からの情報を断ち、仮説を単純化する(=洞察する)シミュレーションを実施している。*2

これに照らすと、まさに終わらせること・区切りをつけることはこの「自分の中で単純なモデルを作り、不要な情報を捨てること」が大事になるはずだ。新しいことを覚え、理解するためには忘れることが重要なのだ。

書くことで忘れる

忘れることについて、哲学者・批評家の柄谷行人の一行を挙げる。

私は一度何かを書くと、それを続けて発展させるよりも忘れてしまう習癖があります。むしろ、書くということは書いたことを忘れるためだ、と考えているぐらいです。


『日本精神分析』柄谷行人*3

いまこうやって書いてることも、この内容を忘れるためにおこなっている。忘れること自体を忘れてしまい、次の探求に進むために。

*1:「成功は運か努力か才能か?についての考察」https://note.com/katsuakisato/n/nb3786cf1cf08

*2:『脳の大統一理論』https://www.iwanami.co.jp/book/b548871.html

*3:『日本精神分析』https://www.kodansha.co.jp/book/products/0000151413