彼女はおそらく意味や論理といった冗長な手続きをパスして、そこにあるべき正しい言葉を手に入れることができたんだ。宙を飛んでいる蝶々の羽をやさしくつまんで捕まえるみたいに、夢の中で言葉をとらえるんだ。芸術家とは、冗長性を回避する資格を持つ人々のことだ。*1
この一文が好きだ。
少し前に有名だからという理由だけで手に取った『海辺のカフカ』を読んで、この一文だけがずっと頭に残っている。これは大島さんが主人公に対して放った言葉だが、この文章に触れた時に、芸術に疎いくせにとても納得したことを覚えている。
ある言葉や表現に対して、妙にしっくりきたり、好きだと感じたりする。ただ、そこにはその感覚になった理由や意味がない。この文章はそういった状況をあらわしてくれている文章に感じた。この文章に対してもまさに同じで「なんだかしっくりきた」以上の感想が出てこなかった。
私はこの文章に何を感じて頭に残ったのだろう。
仕事をしていると「言語化していこう」みたいな話があがったりする。この人は言語化がうまいよね、みたいな話もでるし、一年の目標に「言語化」をあげている方もいる。
言語化は大事だ。ただ、言語化することだっていいことばかりではない。
例えば、好きなものに対して理由をつけることで陳腐化することはよくある。なぜ好きなのかを他の人に説明しているうちに、うまく説明できなさすぎたり、思ったより口から出てきた言葉が貧相で、少し悲しくなることだってある。
私は、この言葉が狭くなる悲しみに立ち向かう方法を考えている。
とっかかりをみつけるため、アブダクションという推論方法について触れる。 アブダクションはアメリカの哲学者・論理学者であるチャールズ・パースが19世紀~20世紀に提唱したものだが、2024年の新書大賞にもなっていた『言語の本質』*2 の中でも言語獲得における鍵として扱っており、様々な分野でいまなお注目度や重要度が上がっている概念だといえる。
アブダクション推論の形式は次の通り。
驚くべき事実Cがある しかしHならば、Cである よって、Hである。
ニュートンが林檎が落ちたのを見て万有引力を見つけたというのは、逸話ではなく事実だったそうで、その出来事もアブダクション推論による発見だったと言われる。 まずニュートンは林檎が落ちる(驚くべき事実C)のをみて「林檎は何故いつも垂直に落ちるのか、何故わきの方ではなくていつも地球の中心に向かって落ちるのか」という「驚き」を感じた。それに対して、「物体の中には引力が働いていて、それが地球に集中しているのでなければならない」という仮説(説明仮説H)がある。
ここで大事なのは、事実と説明仮説との間に距離、飛躍があるということだ。この飛躍が創造性をうみ、演繹法・帰納法と異なっている点である。*3
アブダクションについては、松岡正剛の千夜千冊にて『アブダクション』(米盛裕二著)をベースにして丁寧に取り上げられているのでそれを読むのが良いと思う。 その中で、次のような文章がある。
MECE(ミッシー)などという合言葉が流行しています。「互いに、重複せず、全体に、漏れがない」(Mutually, Exclusive, Collectively, Exhaustive)のイニシャルをとった合言葉です。でも、これはひどくつまらない。いや、まちがっています。 パースや編集工学はそんなふうにしない。むしろ重なりから生じうるもの、漏れ(欠番)が表示すること、ズレこそがつくる意味をこそ重視するのです。なぜなら、重なりには重なるだけの、漏れるには漏れるなりのコンテクスチュアルな事情が隠れていたわけで、それらのズレから再発見もおこるからです。そこをロジカル・シンキングは消そうとしてしまう。それではダメです。*4
言葉を探す時、私もこの、「ひどくつまらない」こと ーー 重複を恐れ、漏れを埋めようとすること ーー を無意識にしてしまっているのかもしれない。
私は、この一文をベースに、思考や関心を真っ白いキャンバスに筆で色を塗りたくっていくようなイメージを持っている。 様々な色を、多様な厚みで自由に塗っていく。色がかすれているところもあれば、ムラができるところもある。色が重なることで意図していない色になったりもする。その上で、なんでそのかすれが出たのか、ムラができたのか、その色になったのかを考えてみる。そして、それが飛躍に繋がる。
言葉を見つけようとする時に、綺麗に何かを伝えようとすればするほど、積み上げるように言葉を探す。伝えようとするからこそ、綺麗な言葉・正確な言葉を探すので、元々思っていたものより小さくなったりする。そう考えることができるのではないか。
改めて最初の文章に戻ると、これはある意味「飛躍による言語化」の文章と捉えることができる。
言語化に対してこういった悩みを抱えていた自分には、あまりにも軽やかなその文章が眩しく、憧れとともに私の記憶に残ったのだろう。
私がこの文章でしていることも、まとまっている文章を書くことではなく自分の記憶に残っているものを吐き出し、繋ぎ合わせているだけだ。この文章に伝えたいメッセージがあるわけでもない。ただ、もしかしたら、そういったパッチワークのような文章を残すことで、自分の中で重なっているもの、漏れているものが見つかり、正しい言葉を捕まえることができるかもしれない。
それが正しい言葉を捕まえることに繋がるのかは、まだわからない。
*1:『海辺のカフカ』(村上春樹)https://www.shinchosha.co.jp/wadainohon/100154/
*2:『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(今井むつみ、秋田喜美著)https://www.chuko.co.jp/shinsho/2023/05/102756.html
*3:『アブダクション 仮説と発見の論理』(米盛裕二)https://www.keisoshobo.co.jp/book/b651771.html
気づいたら2024年に新装版が出ていた
*4:「1566夜 『アブダクション』 米盛裕二 − 松岡正剛の千夜千冊」https://1000ya.isis.ne.jp/1566.html