私は本を読むとき、ボールペンで青い線をひき、よかったページの端をおる。数年前にはじめたが、これがなかなかに良く、はじめてからずっと続けている。本に書き込むことが楽しいし、読み続けるモチベーションにもなっている。もはや最初に読む本は、読むためというよりは線を引くためだ。そして、その線にあとから触れることで、過去の自分との会話になる。
はじめたきっかけは松岡正剛さんの『多読術』*1で紹介されていた「マーキング読書法」*2 で、名前のとおり、本にマーキングしながら読んでいく。重要なところに線を引いたり、人名はかっこでくくるなど。
書いてある線は、特に2回目に本を読む時にとても効果を発揮する。一度引いたところを追っていけば、少なくとも自分が大事だと思ったところを読み返しながら進めるので読むのが早くなるし、理解も深まりやすい。たとえ1回目で全然太刀打ちができない難しい本でも、2回目は少し補助ができた状態で読むことができる。べつに2回目というのも、通読した上での2回目だけではなく、1章を読んだ上で少し時間があいて2章を読み進めようとする本でも、あれこの本ってどういうことが書いてあるっけ、と忘れることが多々あるのでそういう読み返しにも効果が発揮される。こうやって線は次に読む自分へのバトンとなるのだ。
ただ、もちろんいいことばかりではない。本に線を引くようになる前はもっと丁寧に扱っていたが、もう綺麗に本を残しておくことができなくなってしまった。それに、線をひけない状態だとあまり集中できなくなる。例えば電車の中や、そもそもペンを持ってないときは読む気力がかなり減る。私はジェットストリームの4色ボールペンを愛用しているが、読む場所に絶対置いてあるように、この前4本目を買ってしまった。良く使うカバンに一つずつと、家に一つと、職場に一つ。たぶんこんなにいらないのだが、忘れた時に我慢できずに買い足していった結果がこれだ。
『多読術』の中で、次のような紹介がある。
ぼくが本人に聞いたところによると、養老孟司さんは2Bの鉛筆でマーキングをするんですが、2Bの鉛筆が電車の中や旅行先でないときは、その本に集中できなくなるといっていた。つまり2B鉛筆がないと読む気がしないんです。2Bが養老読書術のカーソルなんですね。
はじめて読んだ時はとくに気にもとめなかった一文だが、全く同じ状態になってしまった。いま、線は私にとっての読書のカーソルになっている。
そして、数年続けられたことでよかったことがある。
先ほど、「次に読む自分へのバトン」と書いたが、いい渡され方だけではなく、自分で「ん?」と思う渡され方もあり、書いてある青い線をみて、なぜここに引いたんだろうかと考えるがさっぱり思い出せない。そういったときに、前後の表現や、読んだ当時の出来事などを思い出しながら、当時の自分について考える。そうやって過去の自分と対話する。
線を書き足すこともある。もっとこっちの方に線を引いた方がよかったのでは、というツッコミを自分から自分にしながら、重要だと感じるようになったものに線を引く。やっぱり自分の読みが深くなればなるほど、使う記号や線を引く場所が変わっていく。たとえば、もともとは重要だと思ったところに線を引くだけだったものから、読みを深くするために鍵となりそうな単語や「しかし」「つまり」などの読解補助となる接続詞に丸をつけるようになった。また、線を引くことが重要になっていったことで色も変化した。もともとは後から線を消せるようにシャーペンで薄く線を引いていたが、今は青く消せない線を、ズバッと引き、かなり目立つようになった。
こうやって読書を通じての変化が、線という視覚的なものとして現れていく。
これが一番楽しい。